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サコクシロ2

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10/26追記:太古の五行感推察
10/19追記: 訂正1 訂正2 10/26 訂正3 以後10/19付記1 付記2 付記3(検索) 付記4 

こんにちは
永らくお待たせしました。サコクシロNO.2 ようやく記事アップができました。
実は、パソコンが壊れてしまい、作業が不可能となっていました。画像などの保存データを無くしてしまったのです。
それで、データの復旧屋さんにお願いして、新しいPCなど用意していたのですが、次々に新たな発見というか、考察を迫られる日々が続いてようやくアップまでこぎつけました。

本題

伊勢をめぐるライン
サコ、サク という地名は岩手県、愛知県の2県がとくに多く、これらの地名を佐久市岩村田とつなぐと、その延長線上には伊勢方面が現れます。 ホツマツタエは天照の業績などを伝えたものが多く やはり! と思えます。
今回は長野県佐久市岩村田を中心に伊勢方面、東北方面それぞれにつながる5本のラインを紹介します。



1.岩手県久慈市砂子-佐久市岩村田-愛知県蒲郡市三谷町大迫 ラインから少しそれ新城市のサクや他のサコ・サクも近接します。
2.岩手県下閉伊郡岩泉町穴沢大作山-岩手県花巻市大迫町大迫-佐久市岩村田-三重県志摩市浜島町迫子
3.山形県南陽市和田西大作-佐久市岩村田-愛知県西尾市鳥羽町北迫-愛知県西尾市一色町佐久島 東北方面へのこのラインを伸ばすと複数のサコ・サクが近接
4.宮城県栗原市一迫坂下西-佐久市岩村田-岐阜県恵那市上矢作町-伊勢豊受大神宮(外宮)
5.福島県大作山記念広場--佐久市岩村田-和歌山県田辺市迫戸 このラインも延長すると近接する同名が現れます。

読者の皆さんのOSの負荷に配慮して今回は五本だけラインを上げましたが岩村田を起点とすると他のサコ、サクのほとんどが神風クシロを形成するようです。

さて、この伊勢-東北 ライン群を引き始めたとき、きっと皇大神宮(内宮)など重要施設とも繋がる。 そう期待をしてラインを引いたわけですが伊勢とつながるライン上に現れたのは 外宮 のみでした。 ほか二見が浦(二見輿玉神社)が近接しますが、今回は省きました。 また倭姫が御神器を奉戴して行幸された重要ポイントとして瀧原宮なども調べましたがどうしてもラインに近接とまでは至りませんでした。
しかしはっきりと外宮に到達するラインがあるのは事実です。伊勢から見ると長野県佐久市岩村田は東北(真鬼門)に当たる位置です。重力と中心軸で説明したように軸の働きを持つのがキモンといわれる方位です。
古代においてサコクシロが働く方位を無視しないはずがありません。
三河湾の中央に浮かぶ島が佐久島となずけられているのも伊勢から見て東北、サコクシロのある方位と考えていたのは間違いないでしょう。
豊受大神宮(外宮)が祀られるようになったのは雄略天皇456-479の時だといわれます。 伊勢神宮を整備された倭姫は崇神天皇(前97-前30)の頃から90年かけて移動そして神域の整備をされたといいます。随分年数的に開きがあります。陰陽道が確立してきた年代とも関連があるのかもしれません。
雄略天皇という方はかなり強引な天皇だったようでイノシシの狩りに出かけた折、舎人がうまく射当てないのでその舎人を成敗しようとして皇后になだめられたという逸話が残っています。ですが、そのような方ですから大和朝廷の王権も大いに拡大された天皇だったようです。 ですがその当時、「あそこからここは一直線に結ばれるからここはサコだ!」 などと地名を決定できるような技術があったのでしょうか。それですべての人が「うん!クシロで結ばれるからサコ!」と皆が分かったのでしょうか?謎が深まるラインです。 
付記4:
参考サイト 倭姫命の足跡

サコクシロの本拠地 
サコクシロ1で紹介したラインや今回の伊勢ラインでサコクシロの本拠地はほぼ佐久市岩村田と限定できるかと思います。ラインのほとんどが 大井城を通過するのです。
大井城の縄張りは、おおむね以下の図のようになります

上から石並城(イセナラビともイセナミとも呼びます)、中央の王城、黒岩城 三つの城を総称して大井城といいます。
ここで石をイセと発音しています。三重県の伊勢を意識してなずけたものでしょうか。 ところがどうも違うようで太古は特定の場所に置く石のことをイセと呼んだようです。秋田県に伊勢堂岱遺跡(いせどうたいいせき)というのがあり遺跡というのは地名を充てるのが普通ですから発音として伊勢堂岱遺跡のところをイセと発音していたものと言えるでしょう。現代ではイセの発音は三重県の伊勢がイメージされることが多いですが太古にはイセが随所にあったのです。

イセの発音の推理から大井氏が開発したこの大井城は太古の遺跡しかもストーンサークル(環状列石)だったという推理が成り立ちます。
 
近くの佐久穂町には2.3mの石棒縄文晩期訂正→縄文中期)が見つかっています。 
付記1:
参考ページ佐久地方の古代遺産 ―縄文時代〈前期・中期〉―  岩村田の地名50音。語源。(佐久ホテルのブログ)  大湯環状列石再考2
サコクシロに存在したであろう環状列石はさらに古く少なくとも縄文中早期(5000年以上前)あたりではないでしょうか。 
秋田県の大湯環状列石はわが国ではもっとも有名ですが、二つの大きなストーンサークルからなる遺跡です。
奈良時代の仁徳天皇陵の広大さなどのことを思うと岩村田の原型となったストーンサークルは非常に大きなものであったことが推測されます。小さくとも直径200メートル以上のストーンサークルが二つあったことが予測されます。
また岩村田という地名は大変珍しく特定の場所だからつけられた名称とも言えるでしょう。 

ホツマツタエにイクラムヲワタイクラムヲワタ訂正→イクラムワタヲ)という用語が出てきます。 説明文を見ると五臓六腑の働きを示しているそうです。
不思議なことに黒岩城の黒をクヲと読むとクヲイワムラタとなりイクラムワタヲを並べ替えたことになります。
また黒岩城あたりの字名を岩村田といいます。大井城跡地がイワムラタの地名の語源なのは間違いなさそうです。
では、クヲイワムラタが五臓六腑を示す何らかの発音なのでしょうか?またしても新たな疑問に直面しました。

石並黒岩村田=イセナラビクヲイワムラタ 濁音はないはずなので イセナラヒ クヲイワムラタ という57調の和歌が浮かんできます。 「石に習い 句を言いましょう ラタ」なんのこっちゃー? と思うのですがどうしてもそのような解釈になってしまうのです。

石にならう、とはフトマニということでしょうか、とするとストーンサークルとはフトマニ図?
そこで大湯のストーンサークルの石の配置を上から俯瞰すると何重もの円になっています。ホツマのフトマニ図が石組であらわされているようにも見えます。
フトマニから顕れる意識、それを呼び出す言霊がラタということなのでしょうか。
そんなとき協力者のモモスケさんから「確かにラとタはヲシテ文字でも対象になっているからなにかあるかも」と言ってきました。
ここでラタのヲシテ文字を見てみましょう。
(ラ) (タ)
相対する文字構造になっていることが分かります。実は文字構造が相対象だということは
日本言霊学の観点からはラは物質化 タは対象力 といえそうです。つまりラタの発音は対象力による具現化と解釈できそうです。
したがって
イセナラヒ クヲイワムラタ は フトマニからの具現化の句とはラタ であるということになります。
何度も考えてみるのですが、この答えが一番自然なのです。 

こんな考察がありまして、今僕のイメージの中では 岩村田=イワム・ラタ という遺跡名になっています。
イワム・ラタ なんとなく南米ぽい名前です。 ところが協力者のNSYさんが実際に南米にラタという発音がつく地名を見つけてくれました。不思議なことが重なって現実味を帯びたことになってきました。
サコクシロとは佐久市岩村田に存在した 巨大フトマニから意識の具現化(発音化)した実態と言えるのではないでしょうか。 
付記3(検索):
Google - ホツマ 五臓六腑

石の並びから地名を付けた?  
ふと僕は(宮沢健二→宮澤賢治)の銀河鉄道の夜の一節が思い浮かびました。
「ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍
ほたる
のように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃

い鋼青
こうせい
のそらの野原にたちました。いま新らしく灼

いたばかりの青い鋼
はがね
の板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。
 するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション・・・・・」

ジョバンニのイメージ「天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって」 の一節のように並べられた石からのイメージが日本列島を浮かび上がらせたのでは? 
意識が日本列島を創った? 
しかも並べられた石から? 
付記2:
銀河鉄道の夜 (イメージと音楽)
銀河鉄道の夜 (イメージと物語)

現在、通常のホツマ解釈では数詞とされ深く追及されていない言葉で羽根と云うところのクシロも調べていますが
やはり中心となるポイントがあるようです。羽根という地名は大変古くから存在するようで地名の由来もあやふやなところがほとんどですが出土例などをみても古い土地であることは間違いないようです。つまり発音も古くからハネと呼んできたのです。
羽根クシロについてまで詳しく発表するつもりはないのですが、サコクシロと同様に古いクシロであろうと予測できます。多すぎるサク・サコの地名を補うべく少ない地名の羽根で同様の超神風クシロが成り立てばサコクシロの証明の助けになるからです。そしてそれは存在しました。やはり伊勢神宮の場所はこの羽根クシロも意識して選ばれているようです。
三次元物理からは想像もつかない世界が垣間見えるようです。 もともと考古学は推論の世界です。それが発展してこうした論理に行き着いたとしても全然おかしくないと考えています。
そして、なによりも サコクシロが存在しているこの事実が雄弁に物語っています。

次回は中国地方、四国などにつながるクシロラインの考察を発表する予定です。またどの様に俯瞰したかの考察も発表します。

最後までお読みいただきありがとうございました。
 

10/26追記:太古の五行感推察
サコクシロの記事とは直接の関連がありませんが、太古の五行感についてうっすらと見えてきたので発表します。
五行  ホツマ発音  
木気  ウツホ
火気  ホ
土気  ハニ
金気  カセ
水気  ミツ

おそらくこのような解釈になるかと(相克)制御しあって存在するパターン を太古はもっとも意識していたのではないかと、あくまでも私の解釈ですが

ウツホ(空)はカセ(風)によって制御される 雲の動きは天気、日照などを剋します
カセ(風)はホ(火の気)に支配される 火を起こすところに風が集まる。 気流の流れを剋します
ホ(火の気)はミツ(水)に支配される 火は水によって制御(克)されます。灯明などはわずかに水を加えると明るさを増します。
ミツ(水)はハニによって抑えられます(克)水の流れは土によって強くも弱くも調整されます。
ハニ(土)はウツホ(空)によって左右されます。春夏秋冬の空の動きに土は剋されています。

それと相生関連で
地名に稀に ウツボ と呼ぶところがありますが 発音から ウツホ と ホ を重ねた発音ではないかと
すなわち 木生火 の形を土地の名称につけたと考えられる場合があります。濁音は物質化という働きもあります。
これはクシロ(今回のサコクシロではありません)を利用して呪術を行った形跡がないか調べていた折、見つけました 
ウツボ(木生火)の中間にミツナシ(火が剋されない) を見つけたのです。 つまり
木生火 火 木生火 の暗号的ラインが、ある断層を正確に横断するのです。
地震は太古より鎮めるための方策がなされているようです。 ですから 断層上には日本の至る所、神社が並びます。八百万の神で地震を鎮めるのにやっきだった、といっても過言ではないかもしれません。
この 火-火-火 のラインの中央の神社には 下照光姫命 さまが祀られていました。 
この神様は通常、高照姫 として祀られていると多くの解読で伝えているのですが、こうしたラインの中央で断層上に通常は使わないほうの お名前で祀られている なにか特別な意味を感ぜずにはいられません。
(下照光姫命 が祀られている神社には狛犬がありませんでした。 参道も鳥居をくぐって直角に左に折れそして右に折れて神社の正面に向かうという特殊な構造でした。 そうした普通とは違う形式がより特殊なものを感じた理由です。) 
こうした事実も 今後のホツマツタエの解読に加味されることを願っています。 
本来の真相をホツマツタエから探ってゆくのはこれからなのかもしれません。
ちなみに記紀では 下照姫 を天若彦の妻としていて多くを語っていません。天若彦が天に逆らって死んだ折、それを確認にきたアジスキタカヒコネが天若彦とそっくりだったのでたいそう喜んだがアジスキは死んだ人に似ているとはけしからんといって大そう怒ったそうです。(記紀略)

なんらかの御縁で 下照光姫命 さまを発掘させていただいたのだとサイトを通じご紹介をさせていただいた次第です。
参考:Wikipedia シタテルヒメ

その後また下照光姫命をあれやこれやと調べると和歌の元をつくられた和歌姫と下照姫は同一人物のようです。
断層の活動を鎮めるために下照姫を祀ったのでしょうか。言霊で断層の動きを鎮めるそんな目的があったのかもしれません 相対するウツボの言霊の中心を断層として言霊の旋律を奏でられた下照光姫命を祀った呪術の一種だったのでしょうか。 
神様の名前で尊ではなく命を使う場合、肉体をもっておられたということが推察されます。現在でも神葬祭では諡に○○の命として祀ります。

特殊なライン上に言霊に関係の深い神を祀る なにやら凄い意味があったのはまちがいありません。
 
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サコクシロ1

Amebaなう サコクシロ1をはてなブックマークに追加
 
こんにちは
中央構造線をめぐるプチ探検を協力者アライさんとOZさんと三人でして来ました。
目的は無限回転体である地球と特定のポイントの関係を探るためです
前日中央構造線上と思われる諏訪で合流そして懇談
最近知り合いになったOZさんはかなり博識の方で つい「それだけマニアックにいろいろ知っていると逆に会話できる人が少ないのでは?」と発言してしまいました。実際そのような状態のようで僕たちのような変わり者とも意気投合 楽しくたらふく飲んだり食べたりで一夜を過ごしました。
このOZさんは仕事柄、処分のしようがない強力磁石(ネオジム)を私たちに大量に供給してくださっています。
その量たるや2mm厚の径12mmの磁石を延べ6m以上(約3000個)にものぼります。さらに増えてゆく予定です。お金に換算するとンジュウマンエンは軽く突破する量なのです。
その上、話が合うと来たもんだからバカスカバカスカ3人のメートルは上がるのでした。
大量の酒を飲んだにもかかわらず翌朝はすっきり
またしても朝からガイキチフル談義、周りから見れば「よく飽きもせず、訳の分からん会話を続けられるものだ」と 

サククシロ(サコクシロ)
ホツマツタエなどを御覧の方はよく御存じだと思いますが 内容の和歌の中に サコクシロ の用語がなんどか顕れてきます。
僕の知る限りではイザナギ、イザナミの神様がいるところで、訳者によっては天上界の宮で、この世には存在しないという説もあります。
20年以上以前の話になりますが、ひょんな事から神風クシロというものの存在を知り実際に線を引くと同じ地名同士が一本の線上に顕れるケースがあることを知りました。当時は誰も知ることもなく、こうしたクシロという用語が過去に使われていないか調べますと ホツマツタエ の中に サコクシロ の用語が使われていることを知りました。さらに他の文献にもサコクシロについて書かれているのも見つかっています。 しかしサコクシロの実態は曖昧模糊としていて抽象論の域を出ていませんでした。そこで今回「サコ、サクでラインを引いてそれが特殊な重なりを見せるのであればサコクシロとはサコの超神風クシロという事になる」という仮説を前提に線を引いてみました。
神風クシロとは地図に引かれた一本の線状に同一の地名が3つ以上顕れることを示し、天地神明が重要な事を伝えているラインだと云われています。超神風クシロとは私の造語ですが複数の神風クシロが一点に顕れることを示します。

サク・サコの発音について
サコクシロのサコを佐古の漢字で充てている古文献もあります。どうやらサコの発音が重要みたいです。
そこでサコの発音を漢字で充てている地名を探すと 佐古 迫 砂子 サコ の地名が一杯でてきます。中でも砂子の字を充てている地が大変多いのです。稀に 左近 と漢字を充てている場合もあります。
またよく似た発音でサクの地名の処とも一直線で結ばれます。サク 佐久 作 などが使われていますが稀に 酢 の字を充てている処もあります。 
サコという発音は地方によっては、なだらかな斜めの稜線を指すケースが多くサクあるいはサコのいずれも使われます。境界といった意味に使われています。
さらにサク、サコといった地名地は 作 の漢字が使われるように水はけが良くかつ植物の栽培に適した処が多いようです。北海道千歳市のウサクマイ遺跡群に顕されているサクのように広大な南東斜面地の場合もあります。

サク、サコ の二つの発音が同様の意味を示すことから太古に失われた発音の存在も浮上してきました。
クとコの中間の発音Qoです。 別の事でQaの発音もあることを知っていましたので断定できるかと考えています。 
このサコクシロが顕されているホツマツタエではコとクが別々に使われていて、ホツマの存在より以前に地名地が存在していたことがうかがい知れます。太古の発音にはQaQoQeQiの発音があったのかもしれません。日本語の発音より多くの発音を残す真言ですらQ行の発音はありません。今後の研究が望まれます。
また、SaQo の発音はなだらかな斜面の稜線をさすことから 坂(サカ) の語源もおそらくSaQoから来ていると考えられます。3次元的言語と意識の関係を探る上でも重要な事になるでしょう。


サコクシロ(サククシロ)のライン
既に大変多くのラインを見つけていますが今回はそのうちの何本かを紹介します。
実際は同一地点でクロスする驚異的実態をお見せしたいのですが、私のOSの限界等でうまく作成できないでいます。そこで紙の地図上に顕そうとしましたが20年の間に地図メーカーの編集も変わり同一縮尺の地方地図を貼り合わせるという作業も困難な状況になっています。

まずは最近話題に上ることが多い中央構造線を含むラインから紹介します。
1.ゼロポイントが含まれるラインと塩の泉が出るライン


・分杭峠を通るラインの通過点
愛知県田原市大草町砂子-分杭峠-長野県佐久市岩村田-岩手県岩手郡滝沢村鵜飼迫-青森県三戸郡階上町角柄折作立
このサコラインは有名なゼロ磁場を通過します。

・塩の泉関連通過点
静岡県浜松市天竜区佐久-塩見岳-長野県佐久市岩村田-青森県大作山-北海道千歳市ウサクマイ遺跡群
山の中から食塩水が湧き出ている不思議な処があります。現地調査に行った塩の泉を通過するかと思いきやなんと塩見岳を通過

2.能登半島と房総半島を繋ぐライン

このライン群では対照的な能登半島と房総半島の地名地を結ぶと、ほぼ中央に佐久市岩村田が位置します。
最も特徴的といえるのは
・石川県輪島市日砂子-長野県佐久市岩村田-千葉県砂子浦
・岐阜県飛騨市佐古-長野県佐久市岩村田-埼玉県加須市串作
などのラインが上げられます。
能登半島-房総半島を繋ぐラインは細長い日本列島の形の中央位置を決定する大きな要素です。
こうしてラインを引いていると佐久を中心に能登半島と房総半島が左回転している様子が伺えます。
かつて列島が形成された折の名残なのでしょうか?
しかし右回転の風が形成したとも云えそうです。内的力、外的力のいずれにせよ回転する巨大な力体が作用しているのです。

佐久市岩村田について
佐久市岩村田の太古の歴史は定かではありません。
中世、小笠原氏の支流である大井氏が城を構えたところといわれます。(大井城)
信州の国府、松本と並び大変な繁栄を極めたそうです。ところが南北朝のころ北朝方についた大井氏は南朝方の村上氏に城、街ごと焼き払われて佐久の中心岩村田は灰燼に帰したといわれます。
最後に残った住人は17戸だけだったといわれますから、その攻撃と破壊はすざましいものだったに違いありません。室町中期の戦の形として完膚なきまでの破壊という形式をとった戦は例がありません。抹殺という形式が浮かんできます。
サコクシロのラインの交点が顕れるのはこの大井城であったであろうと思われるところが最も多く顕れます。
現在、王城公園が大井城の跡といわれますが、実際は王城・黒岩城などいくつかの集合した城が大井城と云われます。おそらく現岩村田市街地の多くが大井城敷地内に位置するものと思われます。
現在も佐久の中心的施設の多くが岩村田に位置し 佐久=岩村田 といった地図上に顕れるパターンから太古の初発の佐久は岩村田だったことが伺えます。
大井城は湯川が堀の役割を存在していた平城ですが、中世の城の縄張り形式とは全く違っています。室町期までほとんどの城が逃げ道として一か所だけ山の稜線に繋がる経路を持っているのに対してここはそうした経路がないのです。戦略的にはこれほど攻めやすい城は少ないといえるかもしれません。武田信玄が佐久を占領した際、支配の本拠地を小諸に移したのは大いにうなずける処置だったと云えます。
岩村田は中山道をはじめ多くの古道が集中しているところです。税収をはじめ情報の収集など支配者にとっては、魅力的なところだったに違いありません。
日本全国津々浦々にシロという地名がありますが、戦略的に意味をなさない城と呼ばれる処が数多くあります。
おそらく、岩村田も大井氏が城を構える以前からシロと呼ばれていたのであろうと推察できます。
また古来より古道が集中していたのも事実でしょう。抹殺しようとした本来のものは別のことだったのではないでしょうか。
太古から重要な古道があったことの証明の一つに佐久から諏訪湖へ抜けるルートに和田峠があります。ここは縄文時代日本全国に流通している黒耀石の産地です。また日本海側から内陸部へ塩を運ぶ重要拠点だったでしょう。太古も重要通過ポイントが佐久市岩村田であったのは間違いありません。


サコクシロのラインは岩手県から佐久そして愛知県へと海を渡って伊勢との繋がりを示唆するライン群。
福島県からは佐久を通り九州へ抜けるライン群があります。
また佐久を起点としたライン群も存在していて、サコ・サクの発音地はすべて佐久市岩村田と線で繋がるものと思えます。
沖縄にも迫田などの地名があり紀伊半島から繋がるようです。
現在、迫をカナエ、砂子をスナコと呼び換えているケースも多いようですがラインに顕れてくることから本来はいずれもサコの発音地であったと推測されます。 

次回はこれらのライン群を紹介する予定です。

 


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フトマニ図と八力

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フトマニ図と八力フトマニ図補足説明
追記1:八力と古語追記2:八力の五行との相似
追記3:火薬に対する考察付記:馬の示唆するもの
追記4:擬力の応用例

こんにちは
残暑厳しい日が続きます。
夏は涼ずしい風が吹き冬は暖かい南風が吹く空間が任意に作れたら素晴らしいでしょうね
また、わけのわからんことをとお思いの方もあるでしょうが、推論として太古にはそんな英知があって随所に活かされていた、どうもそのようにしか思えない今日このごろです。

本題
さて山田さんのところで発表されているフトマニ図に対して地球三次元レベルでの相対方位と八力の働く角度が明らかになったのでアップします。


なんで山田さんのところと方位が違うんだと思われる方もあるでしょうが、山田さんとこのフトマニ図側では意識に合わせて私の方では地球陰陽物理(風水など)に合わせてこの方位が出てきました。 長らく記事をアップしませんでしたが整合性の正確さを得るため幾度となく試行錯誤の末決定した次第です。
陰陽五行などに興味ある方は方位と五元素の分類から意外な相似を見つけられるでしょう。
取り急ぎ図をアップしました。
隠された本当の法則を見つけ出すのは ややこしくもあり楽しいものです。
現在発見できているのは特定の向きから風を得るパターンが見つかっています。
とても大掛かりな痕跡というか実際がいくつも見つかっています。
当然、学会などでは認められるはずはないのですが、実際にそのように働いているようです。
現在の土木工学では計り知れない太古の英知は住みやすい国土を提供してきました。
しかし、私たちは依然、千数百年前から、そうしたシステムを壊し続けています。

説明不足なので随時、追記の予定です。よろしくお願いします。

フトマニ図補足説明
円形のフトマニ図の左下に次元と八力の相関関係を示しています。
各次元に対する働きは山田ブログの波動の意味1を参照してください。 フトマニ図中に③④⑤⑦な数値が書き込まれていますが、これは次元の働きを示しています。
例えば北北西に解が位置します。これに対応して表記しているのが「イ」で3次元5次元に対応しているといいます。3次元の働きである、空間接合面と主観、客観そして5次元の働き、時、空間と主観、客観の概念が力体として顕れているのが解力であるという解釈です。

ちゃちな例え話ですが、畑の中の芋は現出しなければ畑と同化しています。表面に茎や葉が出ていなければ疑似立体想念での芋としかうつりません。気がつかない人が見れば土なのです。 掘り出しても土が多くこびり付いていれば芋としての形は表しません。ここで解力の最たる物質水で洗うわけです。地中との空間接合面を明確にすることによって芋が存在するわけです。土に包まれてなんなのか分からない状態から、食品としての寿命を計ることになるわけです。
植物は群生での意識体です。ですから芋が掘り出されずに畑の中にいたままならば掘り出した芋とは違う別の時感覚でそれぞれの空間での整合をとっているわけです。


追記1
八力と古語
八力を総称して全力といいます。
八力を古典などでは以下のように表現しています。
動力=オオトノジ
静力=オオトノべ
解力=ウイジネ
凝力=スイジネ
引力=イクグイ
弛力=ツヌグイ
合力=オモダル
分力=カシコネ

ホツマツタへにに関する力体の記述として僕はまだ検証していませんがカタカムナにはこうした八力の古語が現れています。研究の材料にしてください。
また 古語=光語 と伝えられてきています。難しい話ではなく実態を明確にした発音なのでなにかの折、見つけられた方は覚えておくと後々、役に立つことがあるかもしれません。

八力の五行との相似
水気=解力、擬力
木気=動力、静力
火気=弛力、引力
金気=合力、分力
一般的な五行を応用した風水的なことに適応できるのではないかと思います。

また地球重力を加味して考えた場合は以下のようにも分類ができます。
水気=解力、擬力
木気=静力
火気=弛力、引力
金気=合力
土気=動力、分力

ホツマやセラピー関係で五行を学習してきた方は風の概念が加わりその場合はまた分類が変わってきます。
アイ似たものであるのですが完全に同じとはどうしても断言できません。
僕の場合は最近、五行というより八力そのものの作用による変化を物質的変化として捉えています。
具体的用法はスカラー場の応用といった未知の科学分野になりそうで、手探り進行中です。
スカラー場の応用はまだ調査中で具体例としては伝えにくいのですが、その中に風の論理が含まれます。
解明でき次第お伝えします。

火薬に対する考察
先だって、ともに研究をしていただいているアライさんが遊びに来てくれた折、子供の頃、年寄りから聞いていた遊びの話をしました。
「昔の悪ガキのあいだでは火薬遊びというのが流行っていて「火薬の土」といわれる神社やお寺の縁の下から採れる土と煙硝の代わりにマッチの先っちょを混ぜてキセルに詰めてお寺の鐘の下で爆発させて鐘がどの位、大きく鳴るか競ったらしい」
アライさんはいたく興味をもたれ、ご自宅に帰還の折、なぜか簡単にそうしたことが載っているサイトを見つけてくれました。大変、興味深い内容なのでご紹介します。
本願寺側から見た信長と鉄砲
私(Chachai)の住んでいるところは明治維新の折、官軍が来たらとんでもないことをされるという噂が広まり、民間自衛団として鉄砲隊が組織されたという事実が残っています。刀狩りでは鉄砲はかられなかったのかもしれません。今でも旧家にゆくと蒔絵の入った黒漆塗りの鉄砲があったりします。私が幼い頃死んだ祖父は鉄砲でうさぎを採るわなの話をよくしてくれました。100年くらい前は子供でも鉄砲を使ってタンパク源を捕獲するお手伝いをしていたのです。
こうした話は特定の方にしかしていませんでしたが、上記サイトがあることがわかったため合わせて発表することとしました。逆に上記サイトの記述の信憑性の高さを実感していただけると思います。
本願寺勢力が信長に対抗して簡単に火薬を手に入れることができたというのは文献によらない伝承が残っていたにほかならないものだと思います。太古の人はこうした秘密を伏せて歴史を表しましたが、口伝承の中から僧が鋭く洞察したに違いありません。おそらく太古火薬による大規模土木工事があったであろうことは間違いないと思っています。朝鮮半島と陸続きだったのをわざと海にしたという記述の古文献もありますが、火薬の事実はそうしたことを物語るのかもしれません。

<付記:馬の示唆するもの>
上記本願寺側から見た信長と鉄砲
のリンクから奇兵隊を率いた高杉晋作が塩硝=煙硝を馬小屋から得たらしいことがわかります。硝酸塩を大量に得るためには大量の小便が必要です。馬の小便をする光景を見られた方はご存知かと思いますが大量の小便をします。五行では十二支の午=馬を火の気と分類します。フトマニ図の中で破壊[へ]が同じ方位に掛かって現れてきます。軍事上馬は運搬という役割だけでなく火薬製造にも一役買っていたのは間違いないでしょう。また五行でも火の気に分類されていることから見ても太古に火薬を使ったことはほぼ間違いないと思います。


擬力の応用例
フトマニ図の中で「モ」の発音、塩は擬力に属します。
それの応用例ととして古代のコンクリート「たたき」という技法があります。海水から食塩を精製する折、にがりが出ます。 このにがりを赤土と混ぜて搗き固める手法です。巨大な土木工事をしています。飛鳥地方などに天然の池だと思われていたのが実は巨大な溜池で千年以上自然と一体化して人々の暮らしを守っています。一般にコンクリート建造物は最大400年の寿命だと言われています。現代の土木技術を否定するわけではありませんが、鉄筋などを使わずに地震等にも耐えうる強度を有した建造物を作る技術は目を見張るものがあります。地方の古い社寺仏閣に古くから有る池泉にはこの技法が使われているわけで、今も漏水することなく、いずれも千年以上健在なのです。



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